Don't look back in Underground

ドントルックバックインアングラ~ THE ZAKKI BLOG

『満員電車』と『Twitter』

 

 

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東京に来て満員電車を経験した。

 

 

朝8時半出勤だからけっこうピークな気がする。

 

しかも季節は夏。10分歩くだけで汗をかく。

 

 

なんて不快な空間なんでしょう…。スマホを手に持つ隙間すらなかったぞ。

 

パーソナルスペースが10分の1になったような気分になる。

これだけ懐にとびこむ能力が身についていれば、東京人はよその地方にいってもモテモテだろう。

 

僕にお金がありあまるほどあって、家賃を見ることもせずに住む場所を決めることができたらなァ…。

 

と貧乏をかみしめている。

 

 

 

初めて満員電車に乗った時には、となりのおじさんといっしょに上から見るとT字になるような形で身動きがとれなくなった。

 

ごめんよ、おじさん。ふつうは肩だけが当たるように乗るんだよな。

 

 

電車がゆれるたびに乗客たちの押し合いはつづく。誰に触れているかも分からないままに。

 

 

 

なんだかこの状態はいまのTwitterのようなものだと思うのだ。

 

現在の『Twitter』では顔の見えない人同士でお互いにいがみ合う、おとしめあう文化が定着していて息苦しい。

 

 

良識のかけらもない暴言が飛び交っている。

相手のことがなにも分からないし関係ないからこんなことができるのだろうか。

 

 

と思ったが、実はそうでもないらしい。

 

jp.techcrunch.com

 

韓国で行われた有名な実験によると

2007年、韓国は利用者10万人以上のサイトすべてに対して、一時的に実名使用を強制した。しかし、後にこれが罵倒や悪意のあるコメントの一掃に効果がないと分かり、廃止する(このポリシーによって減少した迷惑コメントは0.9%だった)。

 だったとか。

 

暴言の常習犯は自分が正しいというゆるがぬ確信をもって、人をきずつける。

 

こうしてみると、Twitterも顔が見える満員電車のような場もたいした変わりはない。

 

ひとつの空間に膨大な人数のひとが詰めこまれ、お互いがお互いに不快を共有し合う。

 

 

実際に僕がされたことはにらまれただけではあるが、あれだけの人数が乗っていれば毎日何かしらのいざこざが起きているはずだ。

 

 

かつては広大なように見えたはずのインターネット空間にも限界があった。

いまのTwitterは密度がたかすぎる。

 

 

 

どちらの例にしても僕たちはマス(mass, その他大勢)に対してやさしくなれない。

 

ある種のあきらめを意識しながら生活していくべきだな。

 

 

明日、満員電車に乗るひとたちはせいぜいやさしくしてくれや。

 

 

 

Holiday

 

(おわり)