Don't look back in Underground

ドントルックバックインアングラ~ THE ZAKKI BLOG

『さよなら、おっさん』と『ゆとり世代』

 

 

2018年6月26日、NewsPicksが日本経済新聞に『さよなら、おっさん』とでかでかと掲載された広告がTwitterで広く拡散され炎上していた。

 

 

この広告の『さよなら、おっさん』以下の文章を引用するとこうなっている。

 

 あー、またか。みたいな、困った出来事多いですよね、最近。
それ、だいたいの場合、「おっさん」のせいです。
と言ってもそれは、誰か個人の話ではなく、年齢とか性別の話でもなく。
それはつまり、この国の、凝り固まった価値観やルールのことです。
世の中の変化に対して、見て見ぬふりをする。
能書きを並べて、言い訳ばかりする。
試そうともせず、すぐに「できない」とか言う。
そんな「おっさん」に、負けないために。
今知るべき情報と生の意見で、この国の価値観をアップデートすること。
大げさに言えば、それが私たちの使命です。
自分、もう「おっさん」ですけど。そう思った方も、ご安心を。
人は、情報でいくらでも若返ることができる生き物、ですから。

 

こう見ると一般的な意味としての「おっさん」ではなく、NewsPicksが新たに定義しなおした「おっさん」にむけたメッセージであったことが分かる。

 

それでもこういう表現が誤解を生んでしまうことは、年齢的おっさんでなくとも分かる。自分が年齢的おっさんであると自覚がある人が、反発することもしかたないだろう。

 

今回この記事が特に多く注目を集めているが、おっさんアンチ的な意見は多くなってきているように感じる。

 

たとえば

jin115.com

こんな記事だとか。

 

僕は世代的に完全なるゆとり世代なのだが、この広告がバズったという点から『ゆとり』と『おっさん』の関係性についてすこし自分の考えを書こうと思う。

 

 

ゆとり世代』への批判

 

みなさんも一度は目にしたことがあると思うが、ある時期から『ゆとり世代』に対する不信がつづられたニュースが増えた時期があった。

 

なにが原因だったかは分からないが、「3か月で新入社員が辞めてしまった」とか「あいさつも敬語もろくに使えやしない」とかそんな感じの記事が大半を占めていたと記憶している。

 

実際、ふつうに生活を送っていく中でもこれらの内容にまったく同じ言葉を受けたこともある。僕だけじゃなくこの世代の人なら大半はそんな経験があるのではなかろうか。

 

これらの記事によって『ゆとり世代』は失敗作、といったイメージが残ってしまったように思う。

 

なぜこんなにネガティブな報道ばかりがあふれてしまったのだろうか?

 

 正直に言うと理由は分からない。ストレス発散だとかマウンティングだとか考えられる原因は、たくさんある。

 

けれど誰がこういった風潮をつくりだしたかは分かる。

 

ゆとり世代以外の誰かだ。当たり前だが『ゆとり世代』が『ゆとり世代』の能力の低さを煽ることなんてしない。

 

もっと細かく言えば『ゆとり世代』より下の世代がそのころ影響力を持っていたとは思えない。正確には『ゆとり世代』より上の世代、言うなれば年齢的おっさん、おばさんということになる。

 

つまり今までは『非ゆとり世代』が『ゆとり世代』をおとしめる構図になっていたのだ。

 

そう考えると現在の風潮としてはこれまでと真逆の関係になっていることが分かる。

 

『非おっさん』(NewsPicksの記事で『おっさん』以外の人間をこう表していた。)から『おっさん』への批判なのである。

 

今までさんざん虐げられてきた分のやりかえしというわけだ。

 

ここでもう一度、NewsPicks的『おっさん』の定義を思い出してほしい。

 

広告の内容をもう一度引用する。

 

 それはつまり、この国の、凝り固まった価値観やルールのことです。
世の中の変化に対して、見て見ぬふりをする。
能書きを並べて、言い訳ばかりする。
試そうともせず、すぐに「できない」とか言う。

 

この定義に照らし合わせてみると、

 

若者が『おっさん』を叩くこの最近の風潮はものすごく『おっさん』的ではないだろうか。

 

というより個人的にはそうとしか思えない。

 

ゆとり世代』と蔑まれて不快に感じていたはずなのにまったく同じことを繰り返す。

 

ある意味、これがNewsPicks的『おっさん』生産のプロセスなのかもしれない。

 

 

 

つまり若者はNewsPicks的おっさんになりたくなければ、おっさんを叩く風潮に関わらないことだ。

 

今回の炎上は年齢的おっさんとNewsPicksとの対立であって若者には関係がない話なのだ。

 

 

(おわり)